活動報告

第14回例会卓話「研究テーマの紹介:安部公房とフリオ・コルタサルの変身物語」

2015年10月09日

「研究テーマの紹介:安部公房とフリオ・コルタサルの変身物語」      
米山奨学生 オルネド ペレスアロエ ルシア様

皆様こんにちは。昨年度からお世話になっている、米山奨学生オルネド・ルシアと申します。宜しくお願いいたします。
前回と違って、スペインの文化や料理のではなく、今回は私の研究テーマに関して卓和をさせていただきたいと思います。
絶対スペインの話した方が面白いですが、予めお詫び申し上げます。
しかし、私の研究が進んでいる一つの大きな理由がありまして、それは米山とロータリーの豊富な奨学金をいただいているからであります。それ故に、皆様は私のプロジェクトを少しでも知ってもらいたいと思っております。
まず、私の研究に属するのは「比較文学」という分野です。比較文学は《異文化を通じて、学際的な領域で行われる、時間や空間を通じてのテキストの研究であり、文学と文学の間の繋がりに関する研究》であります。(スーザン・バスネット)
私が比べているのは、日本人の安部公房(1924-1993)とアルゼンチン人のフリオ・コルタサル(1914-1984)です。この二人の作家に関する比較研究を行えようと思ったきっかけは次のようです。
彼らは二人を隔てる地理・文化的な距離にも関わらず、文学的な概念や好奇心を共有していました。
そして世界に影響を与え、現実に対する考え方や感じ方を変化させた様々な政治・社会・芸術的事件が起きた同じ時代を二人は体験しました。彼らが作品で表現した人間の問題と葛藤に対する視点を考察すれば、我々の時代にも影響を与えてつづけている、この時代をより深く理解できるのではないかと思ったからであります。
それぞれの経験によって安部とコルタサルは人間の本質について自問することに導かれたのであったと思われます。二人とも社会との隔絶、疎外、他者の探求という体験を掘り下げて、アイデンティティの危機を多くの作品のテーマとしました。人間性やアイデンティティ問題を巡る思考は彼らの長編や短編に繰り返して出てきます。
そのアイデンティティの問題を分析するには、安部とコルタサルの作品の中から、変身をテーマとする短編小説を研究対象としました。実は、彼らの作品では、多くの登場人物は壁や植物、糸、別の人間、動物、液体人間、透明人間等になってしまいます。
何故変身に集中したのかと言いますと、それは、変身が内包する心理的・哲学的・芸術的問題を把握することによって、現象を超えた存在の広がりと意味を、深く読み取ることができるからであります。
つまり二人の作家が変身を扱う方法を比較検討することによって、人間存在の根源的問題を提起することができます。それゆえ本論では、彼らが変身をどのように表現し、それによって何を伝えようとし、何を考えたのかを見ていきたいのでした。
私の修士論文で提起した、安部とコルタサルの変身物語の解釈の提案は次のようであります。
先に述べたように、安部とコルタサルの作品では〈アイデンティティ問題〉が重要なテーマを形成しています。しかし「変身物語」を通じて、二人は内面の葛藤を解決できないという問題の最も悲劇的な結果を探検します。それは現代人が向かう不可避な喪失であります。
つまり、本論では「変身」というのは、〈アイデンティティ喪失〉の隠喩として解釈しています。
登場人物を変身させる、その力が自分自身の内から生じるため、登場人物には解決方法がありません。
自分の人間性を奪おうとする存在が、自分本来の魂と同じように、彼らにとっては固有の、内面に存在するものなのであります。従って変身した後も、自分ではないが、しかし自分の内面から生じた他者のアイデンティティの下に居るしかないのです。変身過程の後、登場人物は元の姿を失うと共に、人間性を形作る特徴をも失うことになります。変身は〈喪失の事態〉の認識に他ならないと思われます。つまり、人間性は疎外され、変身後の形が登場人物を縛るのであります。壁や他人・・・は、現代人間を特徴づける状況の隠喩であります。いいかえれば変身が表現するのは、人間性を失った現代人間の状況であります。


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