活動報告

第15回例会卓話「闘う女性たちシリーズ」

2015年10月16日

「闘う女性たちシリーズ」      
~島娘、横浜を語る~
市会議員 高橋徳実様 
こんにちは。私は横浜市会議員を務めさせていただいております高橋のりみと申します。
今日はこのような場でお話をさせていただけること、とても光栄に存じます。緊張しておりますが、今私が市会で取り組ませていただいております諸問題をご紹介しながら横浜の現在と未来についてお話しさせていただきます。
私は鹿児島県徳之島という島で生まれ育ち、18歳の時に船に乗って横浜に出て参りました。
徳之島は第二次大戦後アメリカの統治下に置かれていましたが昭和25年のある日、横浜港に密入国の船が辿り着き、その船の中には徳之島・奄美大島などの島民から寄せられた17万人の署名が積み込まれていました。
そしてその署名がひとつのきっかけとなり当時神奈川県の職員をされていた現湘南病院理事長田中達三氏の尽力により昭和28年12月25日にクリスマスプレゼントとして日本に復帰することができたのです。
その時に劣悪な状況の船の中で17万人の署名を抱えながら人々が励まし合った「命は落としても 義理は落とすな」という言葉は今も地元の民謡として歌い継がれています。
横浜に移り住み、市会議員としての職務を務めさせていただくようになって4年が経ち、今回もう一度次の任期のお役目をいただきました私が現在の横浜の将来のプロジェクトの中でまず最も重要だと考えておりますのが横浜新市庁舎建設についてです。
約700億円予算を見込んでおりますが、実は現在の市庁舎では全職員の約3割しか働いておらず、残りの約7割の職員は周辺の賃貸ビルで職務を行っています。
これにより年間約20億円の家賃が発生していることとなり、その家賃を30年支払うと約600億円になりますので充分償却に値するものと考えております。
また現状ですと、職員が市役所や他部署に移動する時に関内の街を歩いている姿がよく見られますが、この時間やエネルギーが非常に無駄だと考えておりますのでこれについても新市庁舎建設は非常に意義のあることと考えます。
そして、これからの最大の課題は市役所が移転した後の関内の街をどうするかということになって参ります。年間約20億円の家賃が宙に浮くわけですからその部分も解決せねばならず、関内で活動される人の中心となっている建物が移動することに伴う空洞化についてもみんなで知恵を出し合い、解決していかなければいけません。
そんな中、現在話題に上りつつあるのがIR(統合型リゾート)構想です。
カジノの事ばかりが取り沙汰されていますが、この構想はカジノだけを指すものではなく、子供から大人まで過ごせる滞在型リゾート施設建設なのです。横浜は個人の税金で成り立つ街であり、今後の少子高齢化で税収が減っていくと予想されていることを考えると、国で法案が通ったら横浜市は手を上げると思われます。
だだし、今の日本はパチンコ依存症の方が約7%いると言われています。欧米各国では2%と云われており、日本は諸外国と比べてギャンブル依存率が高いことから、先ずはギャンブル依存症を治すことに取り組む事が最優先ではないかと同時に考えております。
次に、現在横浜では文化体育館建て直しの構想も進んでおります。各種目の国際大会を開催するにあたり通常は本戦を行う場所とは別にウォーミングアップや練習をする場所が必要なのですが、現在の横浜文化体育館ではそのような施設が無く国際大会を招致できない状況にあります。そこで私達は現在の横浜文化体育館のすぐ近くにある横浜総合高校の跡地にサブアリーナを作ってはどうかという議論を進めています。
同時に横浜市には武道館が無いということでその建設を求める約14万人の署名も集まっていることから、ここに武道館機能を兼ね備えたサブアリーナを建設するという方向で議論しております。
もしこれがオリンピック開催に間に合えば、横浜の子供達に世界の一流選手の競技や様子を見せられるのではないかと期待しています。
この他に私は狭隘道路と呼ばれる、幅が4m未満の道路の整備問題についても取り組んでおり、狭隘道路整備事業に関する条例を改正したいと思っています。
現在横浜には1900kmの狭隘道路がございます。これは横浜からニューヨークにまで届く程の長さで、この整備のための予算が年間8億円ですが、年間8kmしか整備が進んでおりません。東京でも同様の動きがありますが、土地をセットバックしても予算が足りなくて所有者から買取ができない、所有者の財産権の侵害となる可能性もある等解決しなければならない課題がございますので更に前向きに取り組んで参りたいと思います。
次に困難を抱える若者(18歳~39歳)と言われる方々の問題です。
現在横浜市には、ひきこもりの若者が8千人、働いていない若者が5万4千人いると言われています。
また生活保護を受けている人は約6万人、約1200億円の予算が使われておりますが、この中に30代40代の人の割合が増えてきているということです。
今後の少子高齢化により労働人口そのものが減少していくことからとても深刻な問題だと考えます。
働かない親の子供がまともに働く大人になるとは考えにくい、不労は必ずと言っていい程子供への連鎖を引き起こします。なのでこの問題は現在の問題であると同時に未来の問題でもあるのです。私は引きこもりや不労の問題に取り組まれている様々な施設や場所に視察に行き、一緒に考えておりますが、その中で中学生学習支援をしている所がございまして、そこでは困難を乗り越えた大人が中学生に勉強を教えています。子供達に夢を与えるカッコいい存在、あんな大人になりたいと思ってもらえるような大人が関わっていくことがとても大切だと考えます。
また横浜では担当部署の名称が最近生活保護課から生活支援課に変わり、例えばその生活支援課に国の施設であるハローワークを作ってしまうなど大胆でより積極的なキメの細かいサービスに取り組んでおります。
現在の横浜市会議員86名のうち10名の女性議員おりますが、私は就職後すぐに現在の夫と出会い、結婚、出産し育児休業法が変わるのに間に合わず専業主婦になりました。
実は今の私からは想像できないかもわかりませんが、内気で人見知りな私は公園デビューに失敗し、主婦の友達も少なく寂しい生活をしておりました。
その後少ない仲間内でサークルを作って活動するようになり、活動が徐々に活発になるに従って、当時横浜市から年間200万円の予算をいただけるようになり空き店舗を活用した子育て支援を実施しました。その中での様々な出逢い通じて市会議員となるご縁とご支援をいただくこととなりました。
今は市会議員という立場で年間約3000万円の予算が付く程となった子育て支援について応援する立場になったのですが、最初の選挙で無所属で落選し、落ち込んだ私は当時中3と小6の息子達にお母さんはこのままだと自殺するに違いないと思われたという程で、そんな風に子供に思われてこんなに悲しいことは無いと思い、そこから立ち上がりました。
選挙に立候補するには数百万円のお金がかかります。最初の選挙では夫の協力もあって選挙資金をつくるができましたが、落選して更に借金が増え、夫からは「もうこれ以上あなたの支援をすることができないからキャバクラにでも行って働け」とまで言われました。
自分に働ける場所がそんなところにあるのかと関内の街を歩いていた時、尾上町のガストを見つけ、それから毎日昼間は選挙の活動をし、夜はガストのパートをしながら資金を貯めて最終的には家族や周りの皆様の支援をいただいた結果ようやく市会議員となることができました。
今回二度目のチャンスもいただき、今後の4年はこれまでいただいた任期での経験も活かして更に横浜市と横浜市民のために働かせていただく所存でございます。
本日はこのような拙い話をお聞きいただくお時間をいただき本当に感謝申し上げます。
ありがとうございました。


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