活動報告

第38回例会卓話「横浜東RC様が親元のBS 58団」

2017年04月21日

「横浜東RC様が親元のBS 58団」
 BS横浜第58団前団委員長 吉元正志様

本日は、例会で私のような者が お話しをさせて頂く機会をいただき お礼を申し上げます。
日頃から 58団のボーイスカウト活動にご支援・ご援助を頂いている事に感謝を申し上げます。
また、58団の運営や活動に際しても皆様から都度ご協力を頂いている事に 重ねて感謝を致します。
過日、小原様よりご要請があり「横浜東RC様が親元のBS 58団」と題してお話させて頂きます。
*BS運動の始まり*
 BS活動は、健やかな青少年を育成する世界的な運動です。イギリスの退役将軍ロバート・ベーデン・パウエル卿が1907年にイギリスのドーセット州にある「ブラウンシー島」で20名の少年達へ小さなキャンプを指導し、翌年それらの内容を「スカウティング・フォア・ボーイズ」と言う本にまとめ、キャンプ技能や野外での生活・活動、ゲームなどを実践する中で自立心・協調性・リーダーシップを身につけさせ、将来、社会人としての役割を果たす人に成長する事を願い始まりました。本がベストセラーになり数年で世界中に広まり今年で110年になります。現在では世界の164の国と地域が加盟し、約4.000万人が参加する地球規模の「青少年育成のための運動」です。
4年毎に、世界ジャンボリーが各国で開催されるイベントがあり、H27年8月に40年ぶりに山口県のキララ浜で第23回世界ジャンボリー(23WSJ)が開催され155の国と地域から約33.600人が10日間のキャンプを楽しみました。58団からは、RS1名、VS2名、BS5名が参加しました。
その際、58団の参加者へ「激励・援助金」をいただきました事に、改めて御礼を申し上げます。
*日本での始まり*
 日本に伝わったのは、意外と早く4年後の明治44年(1911年)に英国人のクラーレンス・グリフィン氏が横浜山手で外国人18名で発隊したのが始まりです。日本でも各地に少年団が幾つも出来ましたが、現在のような全国組織は大正11年(1947年)4月13日静岡市の城内小学校で「少年団 日本連盟」の結成が創始とされています。この時の創設者の一人であった「後藤 新平翁」が初代日本連盟の総長となり、スカウト達に向けた言葉として「人のお世話にならぬよう」「人のお世話をするように」「決して報いを求めぬよう」が、今も語り継がれています。この言葉は、奉仕・ボランティア活動をする上での、究極の「心 構 え」であると私は「確 信」をしています。
(後藤 新平翁は、東京市長として関東大震災後の東京市復興に大きなご尽力をした方です。)
 ご承知の様に太平洋戦争で活動が出来なくなり、戦後昭和22年に再発足し今日に至っています。こんなに早く、GHQが認めたのはBS活動に期待をしていた現われだと思います。日本の加盟人数は、現在約11万5千人が登録し各都道府県で連盟を組織して活動を展開しています。日本連盟も4年毎に日本ジャンボリーを開催しています。H25年8月にH27年の世界ジャンボリー開催と同じ場所で、第16回日本ジャンボリーが開催され58団から奉仕として2名のリーダーと4名のスカウトが参加し8日間のキャンプを楽しみました。神奈川県連盟の加盟は、8.195名(147個団)、58団が所属の横浜地区(鶴見区・神奈川区・港北区・都筑区・緑区・青葉区)は1.673名(25個団)です。ちなみに鶴見区には、3団、10団、17団、58団、73団、77団の6個団があり各団での活動が基本ですが、状況によっては横の連絡を取り合同でも活動をしています。
*BS 58団の誕生(発 団)*
 BS58団は、昭和37年に当時の横浜東RC様の「上野 泰 会長」と「粉間 三勇二幹事」様が中心となりボーイスカウト運動に深く共鳴され、スカウト運動・活動を通して地域の青少年の健全育成に「貢 献」しようと言う「崇 高 な 理 念」の元に、翌年の昭和38年(1963年)2月20日に日本連盟の登録・承認を受け、横浜東RC様の会員全員が育成会員となり、中学生のスカウト(BS隊)18名で当時の「少 年 隊」として横浜市で58番目に発団をしました。(昭和51年からボーイ隊に)3月23日には、鶴見医師 歯科会館で発団・発隊式を行ったと伺っています。言わば「横浜東ロータリークラブ様」は、58団にとっては「親 元」であり皆さんはBS58団の父親・母親である。と私は強く認識をしています。そうした意味で、58団と私は横浜東RC様と会員の皆様方に、これまで事あるごとに実家?に甘えさせて頂いてきました。心から感謝をいたします。ありがとう御座いました。今後も甘えさせて頂きたいと思いますので、どうか 宜しくお願い致します。
 ちなみに、ボーイスカウトの団はスカウトを集めただけでは発団できません。母体となる組織
いわゆる「育 成 会」を組織して、育成会が団の発足を日本連盟に申請しなければなりません。
*ボーイスカウトの活動*
 一般的に、ボーイスカウトを知らないと言う人は少ないと思います。しかし、BSってどんな事をしているかは知らない人がとても多いいと思います。私個人としてBS活動に28年間たずさわった者として、一言で言える事は「野外での活動を通じて心身の健康を育て良き社会人を送り出す」事だと認識しています。近年、日本のスカウトが毎年減少しています。少子化の影響もあると思いますが多くの場合、子供達の日常が忙しく受験勉強や習い事・塾などにより野外や町中へ出て遊ぶ事が、とても少なくなったと感じています。最近の少年犯罪の増加と低年齢化・イジメがマスコミで取り上げられる事があります。コメンテーターの方から「心を育てる事が 置き去りになった・忘れられている」と言う意見を聞きます。私には難しい事は分かりませんが、少年期に複数の友達や仲間がいて共に「外で遊び」駆けずり廻りヒザを擦りむいた痛さや、怖さ・不安感・楽しさ・悔しさ・達成感・友情を知る・失敗や叱られた事・冒険した事などの、こうした感情と体験を人として「少年期に友達と共有」しなかった、出来なかった事が「根 底」に有るのではないか?と思っています。野外活動を中心に体験学習を実践し、心身共に健康な子供達を育てるお手伝いが出来るBS活動がもっと多くの方々に理解され、大人の共感者と参加者が増える事を期待しています。
*スカウト活動の基本*
 スカウトは、入隊する時に団と隊の皆なの前で「誓 い」をたてます。左手で隊旗を握り右手の三指を上げて、私は、名誉にかけて次の三条の実行を誓います。と、発言して「ひとつ、神(仏)に誠を尽くし掟を守ります」「ひとつ、いつも他の人を助けます」「ひとつ、体を強くし心をすこやかに 徳を養います」と宣言します。また、掟として①スカウトは誠実である②スカウトは友情にあつい③スカウトは礼儀正しい④スカウトは親切である⑤スカウトは快活である⑥スカウトは質素である⑦スカウトは勇敢である⑧スカウトは感謝の心を持つ。の八条の掟と三条の誓いを日常の活動で心がけています。この誓いと掟を実践・実行する事がボーイスカウト活動の真髄・全てである。と言っても過言では無いと私は思います。更には、モットーとして「備えよ常に」とスローガンを「日々の善行」を提唱しています。日常の活動としては、誓いと掟の実践を心がけて数人の三年齢世代でグループ班を構成して協力し合い、テントの設営、地図の読み方、ロープ結び、火の起こし方や炊事、ナイフやナタの使い方、衛生・安全・救急法など、衣・食・住の基本などを修得し、その課程で多くを学び心身の成長を促します。それぞれを達成すると、マニュアルに添って評価し「技能章」や「進級章」を授与し、また自分達の活動「ハイキングやキャンプ」などの計画書(企画書)を提出して承認後に実施するなど、達成感を感じさせ向上心を促すようにていします。
*BS58団 50年間の概略*
 58団の誕生は先ほど話しましたが、その後「団のあゆみは順風 満帆」ではなかった用です。
お話しを聞いたり、調べたりした事をお伝えしたいと思います。発団時の育成会長は、母体である横浜東RC様の上野 泰会長、初代団委員長には石塚 喜之助会員が任命され団運営がされました。
 発団から数年間は、育成会横浜東RC様からの援助金が一定化されず時々のRC理事会の方針で毎年変わるという状況下で、58団の財政難に直面した石塚団委員長は自 費をもって団の維持に努力され58団の礎を築かれました。石塚団委員長が58団への財政的援助を育成会RC様へお願いした時、当時のある理事さんから「RCはボーイスカウトを作ったが金が必要なら日曜日にでも隊員が托 鉢でもしたらどうだ」と言うような事を言われ、石塚団委員長が歯ぎしりをして涙ぐんだ。と言う逸話があります。
昭和45年に念願であった「カブ隊・ボーイ隊・シニア隊」の当時基本の三隊が揃いました。昭和46年10月に石塚団委員長がご逝去され、翌年「菅沼 恒雄」会員が2代団委員長に就任され、前石塚団委員長の苦難や58団の状況から、まず団規約の改正とRCの育成会規約の必要性をRCの臨時理事会と58団総会で提案し承認され、団の「運営基盤が確立」されました。昭和48年2月11日に発団10周年を鶴見公会堂で開催、この時カブ隊8組49名、ボーイ隊4班25名、シニア隊8名、ローバー隊8名となり、10年間でスカウトが90名の大きな58団に成長しました。
 菅沼団委員長は、RCの会長に就任される事になり昭和50にスカウト保護者の「五十嵐 金作」が3代団委員長となり、育成会RC様からは「早野 茂男」会員がBS担当として副団委員長に就任、五十嵐・早野体制は、早野さまが亡くなるまでの平成元年まで15年間続き58団の団と隊活動の「運営体制を定着」させました。15年間と言う長きに渡り育成会・横浜東RCのBS58団担当として早野さまの「58団への功績」はとても大きいと思います。また、発団当時からの厳しい状況下で58団を誕生させ「団を愛し育んで団の礎と基礎」を築いて頂いた、初代育成会長 上野RC会長、石塚初代団委員長、菅沼第2代団委員長、RC早野BS担当、スカウト保護者の五十嵐第3代団委員長の5名の方々は、決して忘れてはならない「58団のレジェンド」であり58団の恩人でもある。と、私は確信をしています。
平成元年4月に認められビーバー隊を幼稚園児と小1生8名で発隊、58団は5隊揃った団となり幼稚園児から大学生までの「一貫した青少年の健全育成の 団が実現」しました。平成6年に五十嵐団委員長が体調を理由に勇退し「穂坂 正明」が4代団委員長に就任しました。この年から全隊合同での夏期キャンプが主流となり、58団父母会の協力参加を得て楽しく有意義なキャンプで成果をあげています。平成7年に女子の加盟が認められ、58団も女子スカウトが何人か入団しました。余談で あたり前ですが、この時からボーイスカウトでは無くなりました。日本連盟内にはボーイスカウトの呼称にこだわる人が居るようで、日本語では今でも「ボーイスカウト日本連盟」です。が 英語(BS世界機構)では「SCOUT・ASSOCIATION・OF・JAPAN」で標記をしています。ちなみに、ボーイスカウトを名乗っているのは「アメリカ・日本・タイ」の三カ国ぐらいだと聞いています?。58団では、当然ですが男子と女子を「区 別」はしますが「差 別」はしていません。平等に対応して、お互いに協調する事の大切さをアドバイスしています。
平成13年7月28日療養中であった穂坂団委員長が急死され、同年10月に私「吉元 正志」が第5代団委員長に就任しました。平成15年3月30日に鶴見会館で、発団40周年の記念式典とレセプションを育成会RC様の役員や名誉会員となった「菅沼 恒雄」第2代団委員長もお招きして開催しました。活動拠点でもある三ツ池公園の許可を得て「58広場」にスカウト達の手作りの「トウテムポール」を6月に5本を設置。また、岩手県山田町とBS山田第2団・龍昌寺さんの街を上げての絶大なご協力を得て、7月30日から8月4日まで「40周年記念 団キャンプ」をバス2台73名が参加して、初めて苦手な海を中心にした数々のプログラムを満喫しました。12月には、58団関係者による手作りの「発団40周年記念誌」を発行し、発団40周年記念事業を終了しました。
 平成16年3月31日、横浜東RC様の「創設50周年記念行事」が鶴見会館で行われ、58団は会場への道案内や会場整理のお手伝いをさせて頂き、日光さる軍団がRC和田様のヘリコプターで大黒埠頭へ着陸後に車で来場し、おサルさんが空の移動で興奮して芸にならなかった事が忘れられません。また、平成17年11月にはRC和田様のご好意で58団のスカウト達が、クルーザーの体験乗船をさせて頂きとても貴重な体験をしました。この時に体験したスカウトは船が好きになり、勉強して商船学校を出て今 客船に乗っています。平成19年2月23日には、田中様が会長、長谷川様が幹事の時に、横浜東RC様の創立記念日と58団の発団45周年式典を「横山ユーランド鶴峰」で合同開催させて頂き、加えて記念品としてA型テント1基をご寄贈して頂きました。
平成23年3月11日の東日本大震災の発生後の4月28日から5月1日まで、発団40周年団記念キャンプでお世話になった岩手県の「山田第2団」へ団で集めた義援金を吉元以下3名で持参し、お見舞いと町役場で食料配布などのお手伝いを行ってきました。東北道を車で盛岡から宮古へ入った時、ツナミで打ち上げられた大量の魚からでしょうか?良く分りませんが、ツナミの被害と共に「強烈な腐敗臭」が被災したどこの街へ行っても充満していた事が、今でも忘れられません。
平成25年2月24日に58団は発団50周年を迎え50年前に発団・隊式を行った、鶴見医師歯科会館で実施して育成会RC様から小池会長はじめ役員の方々と内外から、多くのご出席を頂き成功裡に開催できました。RC様から念願であった「58 団 旗」をご寄贈して頂き、記念品はスカウトがディザインした「エコバック」をRC様の会員全員と来賓、58スカウトと団関係者に配布して記念式典を終了しました。夏には、記念団キャンプをBSの聖地である日本連盟の山梨県山中野営場で8月10日から14日まで実施しました。その山中野営場も、資金難で来年9月には閉鎖が決まったとの事で寂しいです。58団の歴史・あゆみは、横浜東RC様の60周年の記念誌にページを頂き206頁から208頁に掲載させて頂いていますので、詳細についてはご参照をお願いします。
*近年のBS58団の状況*
 10数年前、58団はスカウト数とリーダー数も少なくなり運営資金も減少するなど、横浜地区内で下位の団という位置ずけでしたが、スカウト活動の原点に返ろうと言う「活動を提唱」し、少しずつですが入団者や賛同する父兄が増えて活動が活発になってきました。他団が人数を減少させる中でスカウト・リーダーも徐々に増えて、現在は横浜地区内でトップとは行きませんが、上位クラス(25個団中6・7番目)になり内外ともに「良い 評価」を受けるようにもなりました。
(人数が多いいから良いとは言えません。活動内容でスカウトをいかに成長させているかです。)
 運営と活動資金については、活動が活発になった事もあり予算的には「ギリギリ」で推移する状態でしたが、育成会・横浜東RC様からの「育成会費の 増 額」を受けて、各隊の節約などもあり会計的には「健全な予備費」を計上できるまでになりました。現在では、他の団から「育成会が横浜東RC様」である事をとてもうらやましい。と言われ思われてもいます。
BS・VS隊には、進級がありボーイ隊では、入隊直後は「見習い」「2級」「1級」「菊 章」があり、VS隊では「隼 章」「富 士 章」があります。58団では、日本で最高章の「富士スカウト」をH23年1月に当時VS隊員の「岩尾 貴幸」が受賞しています。また、毎年とは行きませんが3年前には上部団体から技能優秀の評価審査に合格し、「菊章1名」2年前と昨年も「隼章各1名」を 出し、今年もBS隊での最高章である「菊 章」2名を出しています。これらは、スカウト各自のモチベーションの高さとスカウト・隊リーダーの熱意と努力からだと信じます。
 尚、23日の58団年次総会で菊章の2名を育成会横浜東RC様から「表 彰」をして頂きます。
*58団の具体的な活動内容*
 BS活動の基本は前にお話ししましたが、内容は各団・各隊で違います。三年齢差(カブ隊)か
四年齢差(ボーイ隊)で各隊小さな縦社会を構成して、上の者は下の子をリードしたり教えたり、下の者は上の先輩を見て聞くなどをしながら、知識や技能を身につけ「誓いとおきて」の実践により、社会生活などで実践ができる青年の育成を目指していますが、58団はスカウト全員を「同じレベル」にしようとは思っていません。学校など横のつながりではなく、縦Grの年齢構成の中で「個性と努力を大切」に尊重します。ロープ結びが出来なくても炊事が得意なスカウトがいます。炊事が苦手でも火をおこすのが得意なスカウトがいます。地図が読めなくてもナイフ・ナタの使い方が上手いスカウトもいます。苦手だからと言ってやらなくても良いのでは無く、できる様になろうと言う努力を評価し認めます。
もうだいぶ前の出来事ですが、手旗信号をマスターすれば進級できるスカウトが先輩スカウトに懸命に教わり本人も努力をし、隊長の前で手旗信号の審査を受け再挑戦でも合格せず次回に持ち越しの判定でした。本人はがっかりしました。仲間も残念がりました。その時、隊長は彼が手旗信号を一生懸命練習していた事は皆も知っていると思う。今もダメだった「完 璧」ではなかったが合格にしとうと思う?。皆はどう思う。と話しました。全員から拍手がおこり「合格のサイン」を受けました。私は、これで良いのだと思います。本人の努力と仲間の協力、思いやる心、感謝などの「誓いとおきての実践」がここにあった。と、嬉しく思った事を 忘れていません。
*58団を支えている人達*
 58団の団委員長に委嘱され就任した私は、みんなが参加の58団をスローガンに、「ちょっと冒険やくそく守り やさしい心で たのしく活動」を合い言葉にして活動の展開を各隊と保護者の方々にもお願いして来ました。また、あたり前ですが「スカウト中心の活動」を意識してほしいと話し、疑問や行き詰まった時には「それがスカウトの為になるのか?」を考え判断・実行・実践してほしいと話しました。その結果かも知れませんが58団はファミリーと言う言葉が生まれました。
BSの隊リーダーはすぐにはなれません。リーダーになるにはBS(指導者)講習会一日8時間を受講(以前は1泊2日)しなければなれません。特に隊長は3泊4日の野営の缶詰め教育を受講して隊長資格を得なければなりません。ある面で隊長に成ると言う自覚と情熱を持っていないと、
4日間の講習・教育を受けられないと思います。こうした大人たち(リーダー)の奉仕と努力により58団として54年間の運動と活動で、延べ「約2.880名」のスカウトが活動し巣立ちました。
*横浜東RC様とBS58団*
 さて、終わりになりますがボーイスカウトと58団については概略を知って頂いたと思います。そして横浜東RC様は、BS58団を創設し発団した「親 元」である事を知って頂き「生みの親」である事も知って頂いたと思います。重ねてお話し致しますが、58団は横浜東RC様の「地域の青少年の健全育成」の「奉仕実践」として58団は皆様から「付 託」を受け、また発団当時の横浜東RC様の「崇 高 な 理 念 を 継 承」し、今日に至っていると私は考えています。日本には、RC様やライオンズクラブ様などの「地域の奉仕団体」が多く存在していると思います。それぞれが奉仕活動としてBSや地域の奉仕活動などに、ご支援や後援・協賛を多数されていると思います。
 その多くは、発団や発足後に「何らかのご縁で」ご支援・後援などをするようになった。と伺い聞いています。横浜東RC様は違います「自らの意思と組織力と情熱」で、地域への奉仕として青少年の健全育成のために、ボーイスカウトの団をロータリークラブが「創 設・発 団」させた。と 言う例は「ほとんど無い」と言うことです。聞いた事がありません。
更には、今年で54年となるBS58団を半世紀以上も変わらずに「育 成 会・親 元」として、横浜東RC様 歴代の会員の皆様がその意志を「継 承し続 け」援助を続けて、BS58団を存続させて来た RC様は 日本には 多分ありません。生意気な事を言いますが、この事を横浜東RCの皆様はもっと「自 負と意 識」をもって頂きたいと強く思います。これだけの実績を現在も継承して頂き58団はスカウト活動をしているのです。
BSの制服は全国どこでも同じですが、チーフが各団で違います。58団の「シンボル」である首にしている「緑のチーフ」のマークは、「ロータリー・ヨコハマ・58団」を表現し、横浜東RC様が活動中は何時もスカウトと一緒で見守っているのだ。と言っても、過言では無いと信じます。
 育成会・横浜東RC様の皆様からのご理解・ご援助を、どうか今後も絶える事なくお願いします。
58団の努力が基本ですが、横浜東RC様の皆様からの変わらないご理解あるご支援・ご援助はBS58団のスカウト活動の「推 進と発 展」には、欠く事のできないとても大切なものです。
終わりになりますが、横浜東RC様と会員の皆様お一人お一人の「ご健勝と弥 栄」を 心から
ご祈念させて頂き 終りとさせて頂きます。長い間、ご静聴ありがとう御座いました。<以 上> 


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