活動報告

第11回例会卓話「イニシエーションスピーチ」

2017年09月29日

「イニシエーションスピーチ」
吉川徳男会員

 この度、入会いたしました税理士を営んでおります吉川徳男と申します。
事務所は例会の会場であるベイシェラトンホテルと横浜駅を挟んだ反対側、横浜駅東口の高島町地区に15坪ほどの小さい事務所を構えております。仕事柄、解説とか説明など人前で話す機会はありますが、自己紹介でのスピーチは経験も無く緊張しております。
 税理士という資格は、ドイツと韓国にはありますが、他の国には税理士という資格はなく、ボランティアの方や税金計算会社や他の資格者が税金申告の仕事を行っております。
ドイツでは税理士は人気職業ランキングに入る仕事でありますが、日本では、租税教室のときに子供たちに「税理士って知っていますか~~?」と聞いてもシーーンッとして返事もない寂しい状態であります。平均年齢が高い事(60歳くらい)もありますが、試験を受ける人も減ってきているので若い人への啓蒙が必要な資格であります。

 私は税理士として平成24年9月に独立開業しましたので5周年を迎えたところになります。開業より日も浅く、お客様は、私同様の新規開業の方がメインとなっております。よって、ご相談内容は税金関連のものがもちろんありますが、創業期特有の融資を受けるため政策公庫さんや信用金庫さんを紹介するといったことや経営に生かせる会計ソフト利用方法の相談が多い事務所です。
 ロータリークラブとの縁はといいますと。会計事務所に入って初めて担当させていただいた経営者の方がロータリー活動に熱心な方でした。水曜日に打合せの予約をお願いすると「ロータリーだから3時以降ね!」といつも言われた記憶があります。当時は、昼に会合があるんだなあといった程度の印象でした。
 その社長様より「独立して何年になった???」と質問をされ、もうすぐ5周年ですと答えたところ「そろそろだなっ!」と言われ、訳も分からず前会長の伊藤様を紹介いただいたというのかきっかけでございます。父はライオンズに入っておりましたので同じようなものであろう程度の認識でした。
 自宅は相鉄線の横浜駅の隣の平沼橋と西横浜の間くらいのところに、妻と中学生の娘、小学5年生の息子と暮らしております。出身は横浜市瀬谷区で、父が生まれた頃は鎌倉郡瀬谷村であり横浜といっても郊外の出身です。父は農家の3男坊であったために会計事務所の職員をしておりました。母は平沼地区で印刷屋さんを営んでいた家の出で(当時は軽印刷といって現在のコピー機やパソコンで出来ることも印刷屋さんの仕事でありました)時代の変遷で廃業をしたため、母の実家に現在居を構えております。
 業界を志したきっかけですが、専修大学を卒業した当時はバブル崩壊の直後で、学生はみな証券会社や旅行会社の営業マンを目指していた時期でした 。就職活動もうまくいかず、大手不動産会社のハウスメーカーに勤めることとなり、住宅展示場での営業マンから社会人を始めました。平沼橋の展示場とか東戸塚、港南台におりました。営業マンというのは割と設計事務所など外注の方の接待を受けるため、外注の小さな会社の社長さんと話す機会も多く、会社の同僚と違いの悪口のない付き合いが新鮮でもあり、社長さんたちと付き合う仕事が良いと感じたことがきっかけで税理士を志した記憶があります。父が会計事務所の職員であったことの影響もありますが。資格試験はなかなか進まず、気持ちが後ろ向きになることがありましたが、会計事務所の職員として働き始め、資格取得が出来たので独立して今に至ります。私が開業するより前に亡くなっておりますので、開業当時はロータリーを紹介いただいた社長様以外の顧客はないという状態でのスタートでした。税理士会からの紹介で簿記の先生とか法人会の決算説明会の講師などを引き受け生活しておりました。また現在、税理士会では子供たちへの租税教育を受注していて、私も11月と12月に中学生と小学生のまえで税金の説明を行う予定です。仕事もなんとか生活できるようになり、鶴見区での縁と言えば鶴見駅の「とりぼうず」という後輩の焼き鳥居酒屋や塗装業、介護事業所、理容店などが、お客様でいらっしゃいます。
 人生を振り返ると、あまりツキに恵まれない人生で9.11の日にサイパンに滞在していて帰国できなくなったり、iPhoneを3台購入すれば2台初期不良品だったり、ビデオカメラを買ったら初期不良といったサポートセンターの場所にだけ詳しくなるという人生でしたので、流れに逆らわず、少しの奉仕の心を持ち、ロータリー活動を通じ自己研鑽を重ねていければと考えております。
先日、ゴルフにも参加させていただきましたが、ご迷惑をおかけしたので練習をして、会の雰囲気になじめるよう努力していきたいと存じます。ロータリークラブは、何も分からない状態ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。



「イニシエーションスピーチ」
神崎夕紀会員

本日は、このような機会をいただき大変ありがとうございます。
6月に、長谷川さんのご推薦で、横浜東ロータリーに入会させていただき約4か月、まだまだ、ロータリアンとしては未熟ですが、今後も皆様にご支援いただきながら、活動して参りますのでよろしくお願い申し上げます。本日は、
1.私の経歴
 ①就職以前
 ②就職後
1.私の経歴
【①就職以前】 昭和38年に福岡県に生まれました。父、母、姉の4人家族、父は機械関係の会社の設計技師、母は、私が小学校3年くらいまで専業主婦でしたが、その後、結婚前の仕事につき、私が就職してしばらくするまで、継続就業しておりました。姉は、学年3つ上で、現在、福岡県教員をしておりますが、子供のころは、よく2人で母の帰りを待ったり、遊びすぎて2人で叱られたりしておりました。父は、昭和のサラリーマンで、朝は早く、夜は遅い、おうちでは、クラッシクを聴くことと、パソコンやオーディオ機器をいじる以外はなにもしない人でした。ただ、車好きで、幼稚園のころから、休みにはドライブに九州各地を回りました。当時、私は、車酔いがひどかったので、ドライブの思い出は、後部座席に横になっていたことがほとんどです。私の生き方に大きな影響を与えたのは、母の教えと父の姿であり、いまでも姉とよくその話をします。母は、“女性であっても一人で生きていけるよう資格を身につけよ”と事あるごとに言っていました。結局、私は、勉強はしましたが、大した資格は身に着けなかったものの、“ひとりで生きていけるように”という言葉は、未だに身についているように感じます。高校のときは、数学や生物、化学の先生(授業)が好きというくらいの気持ちで、理系を選択し、結局、大学院で生物化学を専攻することになりました。
大学時代、教養課程時代は体育会系サークルに没頭し、専門課程と大学院時代は、一日中実験ばかりしていました。なんとなく、“技術で生きよう”と決めた時期です。
【②就職後】 最初の就職は、体外診断用医薬品の製造・販売会社で、技術職として入社しましました。約4年間、商品開発、基礎研究、品質管理を経験しました。佐賀県鳥栖市の工業団地にある、中小(いわゆるベンチャー)企業、当時、C型肝炎の検査薬で急激に大きくなった会社で、私もネズミを使った実験など、いろいろ経験させていただきました。一方で、3年ほど経過して、自分の研究者としてのポテンシャルとか、“これから一生働くには”と、当時としてはいろいろ考えたつもりです。当時、たまたま、転職の話をいくつかいただき、結局、“わかりやすい、酒造りが好き”ということで、キリンビールに就職いたしました。
キリンビール人生は、いろいろと外で話をする機会も多いのですが、大手の製造業ということで、技術系の仕事でしっかりとしたポジションにつくには、時間がかかりました。しかしながら、出したアウトプットは認めていただける土壌があり、結果的には非常に良い職場環境に恵まれたと思っています。1992年に福岡工場、入社から5年で1997年に神戸工場の立ち上げに関わり、その後、製造技術者としての経験を積み、2004年に横浜工場醸造担当、2007年に栃木工場醸造担当部長という経験をすることができました。2007年当時、製造現場のリーダーになれるとは思っていなかったので、ある意味、工場長の辞令をもらったときより驚いたかもしれません。また、この機会により、2009年に日経ウーマンのウーマンオブザイヤーを受賞することになり、私の経験のなかでは大事なものとなりました。私の経験を知ることで、誰か一人でも、“やりたいと思う仕事ができる機会は、誰にでもある”、と感じてもらえるのであれば、受賞も意味があると思えたからです。その後、本社や研究所を経験し、2015年に神戸工場長、2017年に横浜工場工場長として就任し、現在に至っております。
最近は、ダイバーシティーの話をさせていただくことも多いのですが、女性活躍推進というよりは、やはり、人の成長と活躍、そして社会全体としての生産性向上が最も大事なことだと思っております。今後も、社会に貢献していくために、自分自身の人間としての成長を目指し、また、人が成長できる環境づくりに邁進して行こうと思っています。
最後に父の話になりますが、父は工業高校を卒業し就職、中小ではありますが、最後は機械関係の会社で社長を務めました。引退後、なにをするのかと思っておりましたら、放送大学で勉強を始めて、70半ば前で学士の資格を得ております。私も姉も、大学院まで進学させてもらいましたので、教育に関しては非常に想いが強い人であり、とても感謝しています。今も、福岡で元気に暮らしておりますが、母の教えと父の姿は今でも私の支えであります。
家族のつながりは、社会のなかでの基本であります。父と母の子供に対する無償の愛情を考えるとき、私自身が社会でなにに貢献できるのかとふと考えることがあります。ロータリーに入会させていただけたのも、社会貢献を考えるうえで非常に良い機会であったと思っております。この出会いを大事に、みなさまとの絆を育んで参ればと存じます。今後ともよろしくお願い申し上げます。


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