活動報告

第24回例会卓話「横浜市の動物園事情」

2018年01月19日

「横浜市の動物園事情」
横浜市立金沢動物園園長  原 久美子様





動物園といえば、誰でも一度は行った事がある、なじみ深い施設だと思います。小さい頃に家族と、遠足で、デートで、そして孫を連れて・・・、一回と言わず一生のうちに何回かは訪れる施設ではないでしょうか。
動物園の原型となる「動物コレクション(動物を集めて飼う)」は、紀元前1000年以上前まで遡ることができ、元々は王侯貴族の個人の楽しみや、権力の象徴として様々な地域から珍しい動物を集めてきて飼う、ということから始まりました。そして近代に近くなると、見世物小屋的なものが一般民衆にも普及してきました。その後、ダーウィンの進化論など動物学や科学の発展に伴い、「動物学的視点から体系的に動物を収集して展示し、一般に公開する。」、近代の動物園が形づくられました。日本においては、江戸時代にラクダやクジャクなどの外国産動物を仕入れて見物する文化があり、「孔雀茶屋」などと呼ばれていたそうです。いわゆる近代の動物園としては、明治に入り遣欧使節として欧州に渡った人たちが、イギリスのロンドン動物園等の、動物学に基づき発展した動物園を訪問してから、認識が深まったとされています。そして、使節の一人であった福沢諭吉が著した「西洋事情」で初めて「動物園」という言葉が使われ、以来定着していったといわれています。
動物園は、一般には娯楽施設として利用される事が多いのですが、「資料を一般に公開し、利用者の教養、調査研究、レクリエーション等に資するための事業をおこなう」、自然科学系の博物館でもあります。この「資料」の部分を「生きている動物」と置き換えたものが動物園で、この(生きる)資料の維持・保存がすなわち、動物を飼育したり繁殖させたりする事(種の保存)になり、これが動物園としての大きな特徴です。
横浜には、3つの動物園があります。1951年開園の野毛山動物園、1982年開園の金沢動物園、そして1999年開園のよこはま動物園(ズーラシア)です。施設は、野毛山動物園の檻展示から金沢動物園の無柵放養式展示、ズーラシアの生息環境展示へと、動物園の発展過程としてみることもできます。そして野毛山動物園は「子どもたちが初めて動物に出会う親しみにあふれた動物園」、金沢動物園は「地域の生きものを感じる横浜の森の動物園」、ズーラシアは「日本を代表し世界に通じる動物園」というそれぞれのコンセプトで活動しています。最新のズーラシアの展示場は、なるべく人工物を排除し、動物達が自身の生息地にいるような植栽や擬岩などの演出が施されています。また、繁殖センターという施設も併設され、精子などの遺伝子の保存やその他の、種の保存や環境保全のための研究活動が行われています。
3園に共通する活動としては、海外の野生動物を飼育展示するだけでなく、地域の野生動物の保護事業があります。弱ったり、怪我をしたり、親とはぐれたりして動物園に持ち込まれた野生の鳥獣の救護を行い、元気になった個体は野生に返す活動をしています。
動物園は、様々な国の野生動物の飼育や繁殖をすることから、国内外の動物園との協力が活発です。野生で捕獲されたものを展示動物として輸入するのが一般的な時代もありましたが、今は、世界の動物園が飼育下での繁殖を進めて個体数を増やし、いくつかの種類では、その個体を野生に返すことにも取り組み成功しています。動物園生れの個体が世界中の動物園を行き来しているので、動物の出生地が生息地ではないこともしばしばです。例えば、現在金沢動物園にいるアフリカ原産のオカピは、アメリカの動物園生まれですし、ズーラシアにいるやはりアフリカ原産のクロサイは、ドイツの動物園生まれです。また、金沢動物園で生まれたクロサイには、アメリカの動物園で過ごしている個体がいます。
野生に返す活動としては、インドネシアのバリ島にだけ生息するカンムリシロムク(野生下では50羽以下)という鳥の保護事業があります。これまでに繁殖センターで生まれた125羽を、野生復帰を目指す現地の施設へ提供し、野生復帰活動に貢献しています。また、動物のやり取りだけでなく、技術支援も行っています。2008年から2016年の間、独立行政法人国際協力機構(JICA)の事業として採択され、アフリカのウガンダ共和国の動物園に横浜の動物園職員を送り、技術指導をしたり、ウガンダの動物園スタッフを研修生として受け入れたりするなどの活動も行いました。このように、横浜の動物園は野生動物を通じた様々な活動を行い、野生動物の状況について皆様に発信しています。
皆様の御来園を心よりお待ちしております。






活動報告一覧へ戻る

Top