活動報告

第45回例会卓話「離任挨拶」

2018年06月29日

「離任挨拶」
           幹事 齋藤 実

1.はじめに
ついに離任のご挨拶の日が来てしまいました。
岡本会長から幹事の打診を受けてから、私にとって最大の心配事は、仕事との両立ができるか、ということでした。
私は、東京で法律事務所を持ち、埼玉の大学で教鞭を取っています。今年度は、海外出張の機会も4回ありました。しかも、妻は沖縄に住んでいます。さらに、この4月には事務所を移籍することが決まっていました。
「幹事を断った方が良い。」と、父が、珍しく強く、そして何度も言っていたのは、常識的な判断だったと思います。ただ、私は、岡本会長の下であれば、幹事をさせていただきたいとも、思っていました。
不安を抱えながらお引き受けした幹事でしたが、離任の挨拶をさせていただいていることが、不思議な気もします。ただ、何の偽りもなく、幹事やらせていただいて本当に良かった、と思っています。
2.在任中の経験
在任中に悩んでいたことを、少しお話させてください。私が悩み続けたのは、幹事の役割です。当初、ミスなく会長を助けることが幹事の仕事、と思っていました。そのため、年度始まり、いかにミスをしないか、ということに緊張しながら、力を注いでいました。
ただ、9月上旬に岡本会長と食事をしているときに、「実さん、結構、ミスあるよね。」と、ちょっといたずらな目をして、笑いながら、言われました。考えてみれば、私は、小さいころから、ミスが多い人間です。その人間が、いかにミスをしないか、ということをばかりを考えていることに、自分でも、可笑しく感じました。そのころから、いかにミスをしないかではなく、何か新しいことができないか、と考えるようになりました。今年は、”Make Best Friends!!!!!!”を掲げています。もっとクリエイティブなことをしたい、と思い始めました。
そのような中、12月最初の例会のことが忘れられません。次年度の理事役員が指名を受けて退場している間、地区大会での基調講演で聞いた、上田市にある「無言館」の話をさせていただきました。戦争でなくなった美大生の絵を集めた美術館の話で、本当に感動し、クラブに持ち帰りたいと思いました。このような機会は今までになかったため、皆さんの反応がとっても心配でした。話し終わった後、倉迫さんから、「今まで聞いた卓話の中で一番良かった」、と仰っていただきました。お世辞ではないかと、思います。ただ、このとき、ホッとしました。それとともに、幹事の仕事の範囲は、思っていたよりよほど広いと、当たり前のことに気が付きました。そして、クラブのためにしなければいけないことが、沢山あることにも気が付きました。
その1つが、幹事報告の際に、その週にあった出来事を、お伝えすることでした。行事などに参加できなかった皆さんにも、少しでも、楽しんでいただければと思いました。チャリティーマラソン、三菱みなとみらい技術館見学、観桜会、三ツ池公園フェスティバル、親睦旅行などなど、いろいろな報告をさせていただきました。
これらの行事も、ただ良い企画にするだけでなく、私自身も、率先して楽しむことも意識しました。岡本会長の強烈な誘いで、半強制的に走ったチャリティーマラソン。1月7日から練習を始めましたが、練習初日は、走り始めて3分で両足がつりました。三菱みなとみらい技術館では、熊田さんと操縦したMRJのシミュレーションで、飛行機を墜落させてしまいました。三ツ池公園フェスティバルでは、切り札と思ったハイボールが売れなかったことは、今となっては、いい思い出です。
そして、数々の行事の中で、忘れられないのは第4グループ合同観桜会でした。 “Make Best Friends!!‼”を掲げたこの1年、何とかその理念を実現したいという一心で、行動しました。第4グループ全体に動いていただくことは予想以上に難しく、だだ、その中にあって、多くの方々に助けていただきました。
例会や行事のたびに、岡本会長と、話し合いの機会を持ちました。連絡を取らない日は、この1年を通じて、数日しかなかったと思います。話し合いをするときに、よく、良いお店に連れて行っていただきました。ただ、なぜか、一番思い出にのこっているのは、東神奈川にある立ち飲み屋です。ロータリーの地区行事の後、4時間半立ちっぱなしで、飲みそして話しました。その間、ほとんどロータリーの話をし続けました。
岡本会長と、「この一年、無難に終わったね。」と言って終わるのは、やめようと、よく確認していました。お互い一生に一度の、会長と幹事だから、今しかできないことを精一杯しよう、とことあるごとに確認しました。そして、その思いは最終例会まで持ち続けています。
3.おわりに
幹事をしている間、私の心を押し続けてくれた言葉があります。バラク・オバマ元大統領の言葉です。“There is no excuse for not trying.” 「挑戦しない言い訳しているなら、挑戦しろ」、という意味でしょうか。
私なりに、挑戦をしたつもりの1年でしたが、いったいこの挑戦が良かったのか悪かったのか、今の私には分かりません。無我夢中でした。ただ、三ツ池公園フェスティバルの帰りに、父の見舞いしたときに、「本当に良くやった幹事だった。」と、珍しく親ばかな言葉をかけてくれました。私にとっては、忘れられない、父からの、最後の褒め言葉です。
“Make Best Friends!!!!”を掲げた一年でしたが、思わぬことが私におきました。それは、私自身にBest Friendsが出来たことです。
まず、役員理事の方々です。本当に、素敵な方ばかりでした。クラブの運営で判断に迷うことは数えきれないほどあり、的確なご意見を頂いただきました。お話をしながら、単にロータリーはもちろんですが、人生の勉強をさせていただきました。
そして、事務局の石井さんにも、助けていただきました。齋藤浩年度では、父が迷惑をかけ、親子で迷惑をかけたと思います。石井さんがいらしたお陰で、1年を乗り切れました。本当に感謝しています。
また、ピアノの重田さん、毎週きれいな音楽を演奏していただきました。父も大変良くしていただきました。そして、シェラトンホテルの皆さん、毎週、素敵な笑顔で迎えてくださいました。特に、父の亡くなった翌日の6月1日の会員親睦会では、日本酒を出してくださったこと、忘れられない思い出です。
1年間、本当に苦楽を共にしてきた岡本会長は、まさにBest Friendです。なぜ、私を幹事に選んで頂いたのか、実は、聞いたことはありません。本人は決して言いませんでしたが、途中で、何度も、「実さん、大丈夫か?」と思ったはずです。ただ、どんなときも、ニコニコの、最高の笑顔で接して下さいました。岡本さんから学んだことは、数知れません。兄のいない私にとっては、ちょっとヤンチャなお兄ちゃんのような存在です。父の会長の時に、幹事をしていただいたことも、不思議なご縁です。父の死期が近いと分かったときに、石井さんと、自分のことのように、励まし続けていただいたことも、感謝してもしきれません。岡本会長でペアを組ませたこと、私にとって忘れられない、人生最高の年になりました。
そして、このような思いで、岡本年度を終わらせることができたとこと、大変な幸せだと思います。それも一重に、ここにいらっしゃる会員、お一人お一人のお陰です。本当に有難うございました。
皆様にただただ感謝し、離任の挨拶とさせていただきます。どうも有難うございました。


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