活動報告

第38回例会卓話「芸能から見る中国事情」

2019年04月26日

「芸能から見る中国事情」
日中友愛エンタメプロデューサー 小松拓也様

皆さま、はじまして。私は台湾や香港、上海などの中華圏で俳優やタレントとして23年間活動をしている小松拓也と申します。
私は17歳の頃、渋谷でスカウトをされて所属をすることになった芸能プロダクションがたまたま台湾のビビアン・スーや映画チャイニーズゴーストストーリーのヒロイン役として人気を博したジョイ・ウォンといったアジア系のタレントを多く抱えていた事務所であった背景もあり、高校を卒業する1996年になると台湾に北京語留学に向かうことになりました。
そういった流れの中で語学を学びながら平行して台湾や香港で芸能活動を行うようになり、2007年には上海へ拠点を移して芸能活動を行っていくことになります。
現在中華圏の芸能界と関わりを持つようになって23年が経過しますが、そのうち約10年ほどは台湾や上海に在住しながら芸能活動を行って来たことになります。
上海で活動を行っていた当時は複数の日本のメディアから「上海で1番有名な日本人」と紹介されることもあり、中国での芸能活動は順風満帆そのものでしたが、2012年に尖閣諸島を当時の日本政府が国有化し、中国国内の反日感情が高まるとその影響を受ける形で中国での一切の芸能活動を継続出来ない事態に陥り、失意の中日本へ帰国する体験も味わいました。
日本へ帰国後は当時の日本人の反中感情も強く、なかなか自身の中国でのキャリアやネットワークを新たな生活環境に繋げることも叶わず、精神的にも疲弊して自殺を考えてしまう時期を過ごしたこともありました。
そんな最中、一人の中国人留学生が川に溺れた日本人の小児を救出するというニュースを目の当たりにして、日中関係が最悪なムードの中、自身の命を顧みずに日本人男児を救出した中国人留学生の勇気に心打たれ「死ぬ覚悟があるならば死ぬ勇気を持ってもう一度必死に人生をやり直してみよう。」と決意することになります。
私にとっては中国人留学生の勇気に命を救われた体験と言っても過言ではありません。
それが転機となり、自分自身が携わるエンターテイメントの仕事や発信を通して日中友好の促進や日中双方の国益やビジネスの有益化に繋がるような役割を担いたいと考えるようになり、自身がフロントに立って俳優やタレントとして活動を行っていく作業と平行して、日中友好をテーマにした舞台や映画のプロデュースや脚本の執筆に携わったり、日中間の芸能界で今後活躍出来るようになる人材の発掘や育成事業を手掛け、越境ECで日本の化粧品や健康食品などの各種商品を中国の消費者にプロモーションする活動を行うなど、事業者としても現在は活動しています。
今回卓話させて頂いたのは「芸能界から見る中国市場」という内容でした。
私が留学の為、最初に台湾を訪れたのが1996年。
当時は台湾のテレビをつけると驚くことに日本のバラエティ番組やドラマが日本語のまま複数の現地ケーブルテレビで北京語の字幕付きで放送されていました。
また、台湾や香港の歌手の多くが日本のアーティストの音楽をカバーして北京語で歌っていたのです。
台湾ローカルのテレビ番組の中には日本のバラエティ番組のセットやプログラムとほとんど変わらない内容で構成された番組が放送されているというケースも決して珍しくありませんでした。
台湾のエンターテイメント業界にとって当時の日本のテレビ番組や音楽は良いお手本のようにされていたのです。
そういった状態でしたから日本の番組や日本のタレントは台湾で当時大人気でした。チャゲ&飛鳥や酒井法子さんなどが中華圏で非常に人気があると言われていたのにはこういった背景があり、101回目のプロポーズや東京ラブストーリー、ちびまる子ちゃんやドラえもんなどといった日本のコンテンツを知らない台湾人はいなかったほどです。
ですから一度も台湾を訪問したことがなく一切のプロモーションも全く行なったことのなかった日本のアーティストや俳優が初めて台湾を訪れたとしても空港に大勢の現地ファンが押し寄せるほどの熱狂的な歓迎を受ける光景を生むことは決して珍しくなかったのです。
こういった日本コンテンツの人気が台湾にもたらした影響の中にはファッションや流行なども含まれます。
日本でミニスカやルーズソックスが流行るとシーズンを隔てて台湾でもミニスカやルーズソックスが流行ったり、安室奈美恵さんなどのファッションスタイルを真似する台湾人が現れるなど、日本の文化や流行を後追いするような現象が度々台湾では目撃出来ました。
台湾の女性アーティストやタレントの中には渋谷109などで大量の服を買って衣装に用いている人も実際に複数存在したのです。
エンタメはファッションやグルメ、美容やスポーツ、旅行など、あらゆる産業との親和性が高く、ファッションリーダーとなる人気タレントのメイクやスタイルなどは度々お手本にされ、テレビのグルメ番組で紹介された飲食店が流行る現象も珍しくなく、映画やドラマがきっかけで聖地巡礼といった旅行や観光を生み出すことさえあります。
台湾ではエンタメを通して自然発生的に日本の文化や流行が伝染しやすい土壌が培われていた為、日本食や日本のファッション、日本旅行なども次々と人気コンテンツ化していきました。
実はこういった現象が台湾を媒介する形で中国本土や東アジアの各国に次々と伝染していった事実を多くの日本人は知りません。
アジア各国には多くの華人や華僑が住んでおり、香港やマレーシア、タイやシンガポール、インドネシアなどの中国語が活用されている地域では台湾人のアーティストが歌う北京語楽曲が昔から大人気なのです。
ですから台湾のアーティストは台湾でCDを発売すると中国本土を含む東アジアの各国を巡業して回るスタイルが当時は主流であり、東アジアの各国では台湾のアーティストが発信する音楽やファッションなどのトレンドが強い影響力を持っていたのです。
一方で台湾での成功がブランディングに繋がりやすかった中国本土の歌手やシンガポールやマレーシアなどのアーティストが台湾の芸能界に進出するケースも珍しくありませんでした。
中国本土出身でアジアの歌姫と称されるフェイ・ウォンもその一人です。
こういった背景もあり、アジア各国にとって台湾は最も洗練された音楽発信の基地という位置付けにありました。
また、それに対してジャッキー・チェンなどの存在によって世界的に評価されることになった映画産業を抱える香港はアジアで最も格好いい映画の発信基地として東アジアの中での存在感を確立することになり、中国語圏域の俳優や歌手にとって台湾や香港を往来する一連のプロモーションがその他の地域のマーケット拡大やブランディング構築に大きな意味を持つ時期が長く続くことになります。
中国本土でも台湾や香港の芸能人が強い人気や影響力を持つ裏側にはこのような背景があるのです。
また、上述したように東アジアのエンタメ業界で強い影響力を誇っていた台湾や香港を発信基地に据えた各国のアーティストやメディアがお手本にしていたのは日本の芸能人やエンタメコンテンツであったこともあり、東アジアの人々の中にも日本のエンタメ文化に興味や関心を持つ人が増えていきます。

日本の楽曲を台湾人や香港人アーティストが中国語でカバーし、その曲が東アジアでも流行るような現象が実際にいくつも起こったわけです。
そういった状況に少しずつ変化が現れ始めたと個人的に感じるようになったのが韓流ブームの頃からです。
日本では2003年に冬のソナタが大ヒットして以降、韓流ブームが到来しました。
様々な韓国ドラマや映画が日本でも見られるようになり、韓国の音楽を当たり前のように耳にするようになりました。
大人気の韓国アーティストや俳優を日本で見かける機会も増え、沢山の韓流スターが日本を訪れるようになりました。
また、そういった韓流ブームの影響を受ける形で聖地巡礼を目指して韓国旅行をする日本人が増加したり、コスメやエステ、グルメなどの韓国産業に対して消費する日本人が増加し、ドラマや音楽といったコンテンツを通じて韓国産業は日本に大きな経済圏を作り上げたのです。
また、韓国は日本だけでなく中国や台湾、香港をはじめ、アジアの各国で韓流ブームを「エンタメ+韓国産業」というパッケージとして輸出し、ことごとく成果を挙げていくことになります。
それは同時に日本のエンタメコンテンツの東アジアにおける優位性が次第に韓国コンテンツへと引き継がれていったことを意味します。
結果として日本の音楽や映画、ドラマは東アジアの中でかつてのシンボル性を低下させ、その主導権を韓国に取って代わられることになりました。
最盛期に比べると多少の衰えはあるものの、韓国のエンターテイメントが東アジアの中で最も大きな影響力を持ち続けているという実態は現在も何ら変わっていません。
韓国が国を挙げてエンタメ産業に投資し、人材やコンテンツを海外へ輸出している実態を知っている方は多いと思いますが、エンタメを皮切りにして観光やファッション、サムスンなどの電子機器など多岐にわたる韓国産業に大きな波及効果を生み出し続けている点はあまり着目している方が多くないように感じます。
国策として2003年以降、エンターテイメントコンテンツを皮切りに様々な業界が協力し合う態勢を強固にしながらアジア各地域で韓国ブランドの構築やネットワーク基盤の拡大に挑み続け、切り開いて来た韓流ブームに対し、日本のエンターテイメントコンテンツがアジア地域で最も影響力を誇っていた時期に日本のコンテンツが高い人気や評価を持っていることさえ知らない日本人の方が遥かに多く、結果として日本は沢山の勝機やビジネスチャンスをアジア地域で逃して来たように感じます。
また、当時の日本は世界第2位の経済大国であり、アジアへのコンテンツ輸出やブランディング戦略に決して積極的ではなかった状況も重なっていたように思います。
結果として現在、アジアの中で最も影響力を持つ映画や音楽の市場は韓国が高いシェアを保持し、コンテンツや人気タレントに付随する形で韓国のファッションやコスメなどの美容、サムスンなどの電子メーカーの商品などといった多岐に渡る韓国ブランドの人気がアジア各国で強みを持っています。
そういった中で近年、中国のエンターテイメントコンテンツも飛躍的にアジアの中での影響力を拡大し、例えば中国の映画市場は日本の5倍にあたる1兆円産業となっています。
中国の映画産業はあと数年で北米市場を超えて世界一の映画市場になると言われているのです。
中国が映画を中心としたエンタメコンテンツの制作に力を入れている背景には韓流ブームがアジア各国への輸出に成功した「コンテンツを通した自国産業のブランディング戦略」の考え方が根底にあります。
上述してきた通り、映画や音楽などのコンテンツを通して海外へ輸出出来るものはコンテンツそのものだけに過ぎず、文化や生活習慣、ファッションや観光、食事など多岐にわたる影響力を持つからです。
例えば私は昔からサザンオールスターズの大ファンですが、例え彼らが活動を休止していようが何年も新曲をリリースしていまいが私がサザンオールスターズのファンであることは変わりませんし、今でも真夏の果実のイントロを耳にするだけで青春時代の甘酸っぱい記憶が蘇るものです。
同様の事例で近年は漫画「スラムダンク」のゆかりの地である鎌倉高校前の踏み切りに毎日100人以上のアジア系の旅行者が訪れる光景を目にすることが出来ます。
鎌倉高校前の風景をご存知の方ならばあの辺りの風景が取り分け変わった光景でないことを知っていると思いますが、スラムダンクという20年以上も前に連載を終えた漫画を愛するアジア中のファンが聖地巡礼の為に鎌倉高校前を訪れる光景が日常化しています。
エンタメコンテンツにはそのように時を隔てても人々に愛され続ける不思議な魅力や力があるものです。
古くはアメリカがハリウッド映画や音楽を通じて自国の文化や産業を世界中に浸透させて来たように、韓国や中国も近年はエンタメを通じた自国ブランドの確立に大きな力を注いでいます。
インターネットやITの進化が日進月歩の現在は情報の在り方やこれまでの常識が目まぐるしいスピードで変化し続けています。
テレビが主流であった時代のように広告情報をただテレビで流し続ければマス的な宣伝効果を得られた時代はとうに終焉し、より戦略的なマーケティングの在り方が国や企業に求められる時代です。
爆買い現象が起こり、現在は越境ECを通じて日本の各種商品が中国や世界でのシェアを延ばしつつある時代に入った今だからこそ、日本はより戦略的に海外の消費者に向けて長く愛される日本の良さをアピールする時代が来ていると感じます。
それには韓流ブームのような業界を超えた戦略的なブランディング戦略によって情報やイメージ作りを集約させたモノやサービスの海外輸出が1つの鍵になるのではないでしょうか?


活動報告一覧へ戻る

Top