活動報告

第3回例会卓話「就任挨拶」

2019年07月19日

「就任挨拶」
会報委員長 神崎夕紀

クラブ会報委員会は、今年度も正確に、わかりやすく、楽しくをモットーに、会員の皆さんにクラブの活動内容をお伝えしていきます。
1.クラブ員が協働して会報を作成し、会員の皆様にお届けしていきます
2.会報は、例会の備忘録、出席できなかった会員へのクラブ情報の提供、卓話内容の記録・共有、ゲスト・ビジターの皆様へのクラブ情報の共有等の役割を果たしていきます
3.会員とクラブ活動をつなぐ架け橋として一年間、活動していきます
一年間、よろしくお願い申し上げます
私のロータリークラブ歴は、一昨年6月、一昨年の横浜工場への赴任後に横浜東ロータリークラブに入会させていただいたところからスタートしたばかりです。一方で、横浜東ロータリークラブには、歴代の工場長がクラブ発足時より加入されていたと伺っております。第一代工場長から数え、私は22代工場長となります。横浜東ロータリークラブ発足1955年当時の工場長は、第四代の熊沢武雄(1948~1966)であり、横浜東ロータリークラブの会長も務めさせていただいたとのことです。そのような古いかかわりを皆様ともに振り返ってまいりたいという思いもあり、本年度の会報表紙は、キリンビールの歴史とキリンビール商品にかかわるものを一年間にわたりご紹介させていただくことにしました。ミニトリビアも加えながら、みなさんにお楽しみいただければと思います。記念すべき第一号は、キリンビールという会社の前進ともいえる、横浜の山手に1885年にオープンしたジャパンブルワリーの写真を選びました。ジャパン・ブルワリー・カンパニーは、1885(明治18)年7月、スプリングバレー・ブルワリーの跡地に設立されました。その中心となったのは、タルボット(W. H. Talbot)やアボット(E. Abbott)といった、ビール事業が将来有望であると見込んだ横浜山手の在留外国人たちでした。さらに、後にジャパン・ブルワリーの重役になる貿易商人トーマス・ブレーク・グラバー(T. B. Glover)の尽力で、岩崎彌之助(三菱社社長)をはじめ日本人9人が株主として参加しました。また、最新の醸造機械と蒸気設備を備えることと、醸造技師には熟練したドイツ人技師を招聘することを徹底して、本格的なドイツ風ビール醸造を志しました。三菱の荘田平五郎の発案で東洋の霊獣“麒麟”をラベルに採用して、1888(明治21)年5月に「キリンビール」を発売、本例会会誌の表紙となります。なおラベルのデザインは翌年6月にグラバーの提案で変更され、現在のデザインの原型となり、これは次回の会誌でご紹介します。そして、1907年にキリンビール株式会社が誕生することになります。
横浜市は、開国の地であることから、横浜で生まれたものが多数あり、横浜市のサイトに横浜初めて物語として紹介されています。そのなかの一つに、ビールがあります。それは、ウイリアム・コープランドが設立したスプリングバレーブルワリーが、はじめて継続的に日本でビール製造を始めたブルワリーのひとつであることに所以しています。したがって、横浜市にとっても我々キリンビールにとっても、事業発祥の地ということができるのです。
このように、横浜とビールはとても深い関係にあり、この地でロータリークラブの活動も含め地域の皆様と絆をはぐくみながら93年にわたり製造を続けてこられたことに非常に感謝しております。今後も、皆さまに歴史をしっていただくことで、つながりをより深めていきたく存じます。
ロータリークラブの会員としては、まだ新米であり、皆さまのご指導を仰ぎながら、仕事や生活を豊かなものにできるよう頑張ってまいります。一年間、よろしくお願い申し上げます。


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