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第12回例会卓話「スペインへようこそ」|活動報告一覧|横浜東ロータリークラブ 国際ロータリー第2590地区

活動報告

第12回例会卓話「スペインへようこそ」

2014年09月26日

「スペインへようこそ」
米山奨学生 オルネド・ルシア様

ご存知の通りスペインはヨーロッパの南に位置されている。もう少し詳しく言えば、スペインはイベリア半島にある。「イベリア」という言葉は実は古代ギリシャの時代から使われている。古代ギリシャの地理学者がこの半島をイベリアと呼ばれ、そこに住んでいた民族をイベリア人と呼ばれた。そこにあった大きい川は、「Iber」とその民族に呼ばれていて、後に来たギリシャ人たちは、その名前「Iber」をその地方の地名にした。ちなみに、その川はスペインの最も大きい川「Ebro」であると考えられている。
語源のことを話し始めたので、イスパニアの言葉も説明したい。これに関しても、また様々なセオリーがある。一番広めているのは、「Hispania」の意味は「兎の土地」であるというのである。昔はスペインでは兎が多かった。実は、ローマ人にとっては、スペインのイメージは兎とオリーブのある土地でありました。ちなみに、スペインでは兎を食べられる!兎のアヒージョ、兎のパエリャはとても美味しい!
スペインは王国である。現在の国王と王女はFelipe VIとDoña Letiziaである。以前Juan Carlos Iが王位を息子に譲り、Felipe VIが2014年6月19日に即位させた。王国は国家元首と軍の最高司令官である。
Juan Carlos Iが王位を譲ったのは、相当珍しいことでありました。しかし、結構年上で、最近健康は弱くなってきてしまった。その上、様々な事件で、王家の評判が悪くなってきていた。その代わりに、FelipeIVの評判は割といいし、若いため、これからのスペインの厳しい状態に立ち向かえそう。
スペインでは次の言葉は話されている:スペイン語、カタロニア語、ガリシア語、バスク語。それらの地方では独立運動もある。昔からの違う言葉と習慣未だ残っている。独裁時代には、強く弾圧されていて、様々な理由のため、その後、その独立運動が急進化された。バスクでは、ETAというテロの団体があり、警察や政治家の活動のおかげで、最近はあまり動かされていない。ニュースで見たかもしれないが、カタロニアでは、独立運動が激しくなっている。現在のカタロニア県の知事は独立を承認するかどうかの国民投票を実地するつもりがある。これからどうなるのか分からないが、今話題となっている。
スペインは昔からカトリックの国であったが、1978年にFrancoの独裁政府が終わってから、宗教から独立した。もちろんあらゆる宗教が認めている。ところが、訳4分の3のスペイン人がカトリックである。
スペインの旗の色は赤、黄色、赤である。この色は18世紀に使い始め、19世紀に一般になった。紋章も色々あって、現在の紋章の真ん中は「Castilla」(城という意味)、「León」(ライオン)、「Aragón」と「Navarra」の旗があり、つまりスペイン王国が出来る前のイベリア半島にあった王国の旗である。その四つの真ん中は現在の王家である「Borbón-Anjou」の紋章がある。
スペインは722年から1492年に亘ってアラブの国であった。未だそのときの影響は残っている。アルハンブラ宮殿は一番分かりやすい例であると思う。それだけではなく、言葉への影響も著しい。
実は、スペインの首都のマドリードの地名もアラブの言葉であった。「Maherit」というのは「水が豊か」という意味であり、マドリードにある地下水を示している。マドリードの守護聖人はマリア様の本尊の「Virgen de la Almudena」であり、この名前もアラブ語から由来している。キリスト教徒によるアラビア人からのスペイン国土回復運動のとき、マドリードの城壁でマリア様の像が現れたと言われている。城壁はアラブ語で「almudaina」と言い、おそらく「Almudena」の名前はそこから来ている。
これから私の実家であるスペインの首都、マドリードを紹介したい。
マドリードに関する最も古い歴史的な証拠は865年のことである。そのときのアラブの国王は、現在のマドリードにて、城を建てるという命令を与えた。何百年をたち、1561年にマドリードはスペインの首都となる。そのときの国王、Felipe IIはイベリア半島の真ん中にあるマドリードを王国の政府の中枢として選んだ。ちなみに当時のスペインの帝国はこの様であった。
そして、マドリードの有名なスポットを紹介したい。
「美術の三角」というエリアにはマドリードの最も有名な美術館、プラド美術館、ティッセン美術館、ソフィア女王美術館がある。
8.600つの絵、700以上の彫刻を含むプラド美術館の貴重なコレクションの中、ベラスケスの最も著名な作品である『ラス・メニナス』がある。1656年頃に書かれた絵で、真ん中はマルゲリータ皇女(1651-1673)が立っている。部屋奥の鏡に国王と女王、フェリペ4世とマリアナ・デ・アウストリア(1634-1696)が映っており、複雑な空間関係を生み出している並外れた絵である。
そして、今年没後400周年記念を行われているエル・グレコの絵やマドリードの歴史を描いたゴヤの傑作も御覧できる。
ティッセン美術館のコレクションは中世時代から20世紀にかけて、ヨーロッパの絵の歴史を展示している。
ソフィア女王美術館では、Dalí, MiróとJuan Grisの作品がある。ピカソの不可欠な『ゲルニカ』(1937)もここにある。この絵はスペイン内戦のときに、「Guernica」と言う町で行った、ヒトラーのドイツの軍隊とMussoliniのイタリアの軍隊による、爆撃のことを描く。
スペインではどこの街でも、最も大事な場所はマヨール広場である。昔はその街の中心となる広場では、市場、祭り、闘牛等のイベントが行われていた。もちろん、マドリードにもそういうスペースがある。現在の広場は1615年で建てられた。当時代ではやっていたスタイルで設定された。首都のマヨール広場であるため、ここでは、市場、祭り、闘牛の他に処刑や戴冠式も行われた。現在もマドリードの一番にぎやかな場所の一つであり、カフェのテラスから街の活気が体験できる。大切な時期であるクリスマスには、子供も大人もよく楽しめるクリスマス・マーケットがある。
2分くらい歩いて、Puerta del Sol(太陽の門)というもう一つの有名な広場がある。地下に地下鉄と電車の大事な駅があり、上はお店やカフェ、いつも込んでいる広場である。そしてこの広場はスペインの中心であるといえる。「KM0」というスポットから、放射道路が始まる。年末のとき、スペインのほとんどの家のテレビで写っている時計もここにある。12月31日の零時は、時計の時報とともに、12個のブドウを食べる習慣があり、ここまで来て集まる人が多いけど、どこの家でも皆やっている。
最後は、私のとっておきな場所を紹介したい。おそらく皆さんはチュロスという食べ物がご存知だと思う。日本でも、ディーズニーランドとか、祭りの出店とかで食べられる。チュロスは甘く、様々な色があると思う。ところが、スペインのチュロスはそうではない。チュロスはオイルで炒める小麦粉の生地で、基本的には甘くない。食べ方は、コーヒーやチョコレートに掛けて食べるのである。砂糖も掛けてもいい。朝ご飯やおやつとして食べる。(もちろん毎日ではない)。マドリードのチュロスは「porras」とも呼び、チュロスより太く大きい。マドリードのほとんどのカフェで食べられるけれども、私はこのカフェが大好きで、マドリードにいると、母や友達と一緒によく行く。マドリードを訪問したら、是非こちらのカフェへ行ってみてください。


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