活動報告

第19回例会卓話「ぬくもりある教育」

2014年11月21日

「ぬくもりある教育」
聖光学院中学校高等学校校長 工藤誠一様

 ただいまご紹介をいただきました聖光学院中学校高等学校校長の工藤です。私自身も横浜ロータリークラブに所属しています。
私はこれからの日本に対して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」ではなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなってしまって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、裕福な、抜け目のない、ある経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
1970年  三島由紀夫 「私の中の25年」
90年代にバブルがはじけ、三島の想定から「裕福」と「経済大国」が消え、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、抜け目がないロータリーにおいても新世代を育成するというのは近時の大きなテーマの一つであります。そんなこともあり、私共の学校の被災地ボランティアについて少しふれておきたいと思います。
高校生までの教育というのは型に入って型に抜けるというのが基本です。よく型にはめるというとことを忌避傾向がありますが、高校生まではこれがしっかりと行われないと本当の意味で教育にならない。教育とは人の持てる力を引き出すことがその使命であります。歩き方を教えてこそ自分の歩き方ができるようになる。それが型に入って型に抜けるということなのです。

改めていうまでもなく私自身は私学の学校長であります。私学だからできる教育プログラムの一つとして2011年以来継続して被災地ボランティアを行っています。現在は、夏休みを利用して行っていますが、最初の年は平日普段の時に行いました。最初の派遣地は岩手県宮古市に6月4日~7日、8日~10日と2グループに分けて総勢80名の生徒が参加しました。
たぶん公立学校では絶対に無理です。また、大学生であれば自分たちで自主的に出かけていきなさいということでかなり解決します。自分で行くのだからその責任も自分たちということになります。高校生であるとなかなかそうはいかないものです。生徒たちを連れて行っている間の責任はすべて学校が負わなければならないのです。
親にも子どもたちにも説明会を開きその説明会のあとに参加をやめた生徒もいました。破傷風などの心配もあり、鉄板入りの靴の中敷き、防塵ゴーグル、頑丈なゴム手袋やビブスなども揃えました。
現地では、側溝のヘドロの除去作業を担当しましたがヘドロの中からはプリクラの付いた携帯電話や学級通信の入ったファイルなど生活感あふれる品物が出てきます。また、津波によって流されてしまった家屋の跡地には花が手向けられているのを見て、私たちは思わず手を合わせてしまいました。
生徒はこのような感想を述べていました。
「身体の五感全部で大震災の悲惨さを感じました。津波で汚れてしまった本を一ページずつ乾かしていたとき、持ち主の思いを考えると粗雑に扱ってはいけないと思ったんです。また穏やかな表情でありがとうと言われ幸せな気持ちになりました。」
町を歩く多くの人が「ご苦労様」と笑顔で声をかけてくれる都会では考えられない光景である。
私たちが訪れた時には、被災地はいまだ泥と重油と瓦礫の悪臭に満ちていた。
地上の営みをある日突然根こそぎにする地震や津波はだれにとってもつねに究極の非日常である。
悼む人々は優しさを知っている。
人々は決して悲しみを忘れることはできませんが、悲しみと和解することができる。
今回の大震災では、被災しなかった人も、多すぎる死と被災者の苦しみに囲まれてこの半年の間、生きてきたのであり、その過程でそれぞれにものを思い、人間と社会を見つめる目を深めることになった。
新世代に対してのこの震災が送るメッセージは同時代を生きる共通の体験として今回の巨大な喪失、これを経験した若者たちが未来に何が必要なのかを十分に見つめなおすことになったのではないか、多くの犠牲者たちが生き残った私たちに生き方を見つめなおせ、新しい時代へ踏み出せと呼びかけているように思うのであります。
私自身も今回のボランティアに参加しました。このことはとてもよい経験になったというのが結論です。

ピーターフランクル   「夜と霧」
「人を生かすものは意味である」
人間とは何か再びこの問いをする。人間は動物の水準になり下がるし、聖者の所まで上がることもある。人間は自分自身で決定し続けていく存在である。
生きるとはつまり生きることの意味に正しく答える義務、生きることが各人に課する課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
人生こそが問いを出し、私たちに問いを提起しているからです。私たちは問われている存在なのです。
それでは学校の使命とは何かということになる。
社会のニーズに応じていたら学校はなくなってしまう。
次代を担う公民の育成はできない。
学校は何のために存在するか。
自分の属する共同体が健全に存続することが第一である。
教育の受益者は教育を受ける本人ではない。 教育を受けるとよいことがある。受益者が子供であれば、自分のためにしか勉強しない。自分のためにしか仕事をしないというのでは社会のための人材とは言えないのです。
学校とは夢みたいなきれいごとが語られている場所です。
ある先生の話をご紹介します。
その先生が五年生の担任になったとき、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいました。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
あるとき、少年の一年生のときからの記録が目に止まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強も良くでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。他の子どもの記録に違いない。先生はそう思った。
二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する。」と書かれていた。
三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」
三年生の後半の記録では「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる。」とあり、四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」
先生の胸に激しい痛みが走った。
だめだと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。
放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」
六年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業のとき、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」
それから六年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」
十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生のときの先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任して下さった先生です。」
そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座って下さい」
と一行、書き添えられていた。
学校は子どもたちがご縁と出会う場所でもあります。
人は誰でも無数の縁の中に生きています。この少年は縁をよりどころにそれからの人生を生きたのです。これは少年として素晴らしいことであります。
われわれ長く教員をしていると一つか二つこんな出会いがこどもたちとの間にあります。考え方によってはそれが私たちが教員を続けていることができる原因かもしれません。
無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させています。
私は中高生を預かっている学校の校長です。よく親御さんにこのように言います。
「皆さんは親業をさせてもらっていますが、これもなかなか楽なことではありません。中学生や高校生といった今あたりが一番大変なのではないでしょうか。それでも振り返ってみれば、皆さんもたくさんの元気をお子さんから今までもらっているのではないでしょうか。生まれた時、初めて言葉をしゃべったとき、小学校の門をくぐったとき、運動会の徒競走のゴールで写真と取ったときなど、お子さんと長く歩む人生のなかでいろいろなことがあると思います。皆さんは縁あって神様からお子さんを預かりました。親御さんとしてさまざまな縁をどう生かしていくかが大切です。子供たちが愛されたと感じたか。子どもたちをありのままで受け入れる姿勢を持ってください。裏切られても裏切られても愛し続けることが大切です。」

「そうだよ、これでいいんだよ」
マザーテレサは次のように言います。
・スープボールを渡すときには笑顔で渡しなさい
・温もりを伝えたか。手を握り肩を抱きましたか。
・短い言葉をかけましたか
スープボールを渡すときに頬笑みましたか、ちょっと手を触ってあげましたか、短い言葉をかけてあげましたか。相手に生きていてよかったですね、つらいでしょうけれども、生きてくださいね、という祈りを込めて、願いを込めて微笑みましたかということなのです。
ただスープボールを渡すだけならロボットでもします。ロボットはスープボールに正確な量のスープを入れることができる。人とのつながりはそれではないのです。手にちょっと触れてぬくもりを伝えたか。群衆ではなく、数ではなくて一人一人の魂なのです。
その人の魂がそのスープボールを受け取ることによってどれだけ
和んだか
強められたか
励まされたか
そして生きる勇気をもらったか
ひとかどの人間として微笑んでもらった人
ひとかどの人間として温もりを手を通して伝えてもらった、言葉をかけてもらったということなのです。
そこには私たちの人生を豊かにすると同時に、相手の方の見た目は貧しい惨めな人生を輝かす、豊かにする鍵が潜んでいるのです。

今日は皆様に出会えてお話をさせていたく機会がありました。
今日よりも若くなる日は私たちにはございません。
今日は私たち一人ひとりにとって母親から生まれた一番年をとった日であると同時に、今日より若くなる日はないということは、今日は一番若い日なのです。
Youngest day of my life
明るく笑顔で人々とともに輪になり、人々の光となって豊かな人生を送ってゆきたいと思います。
私たちの仕事もただすればよいというものではありません。その仕事のために使った時間が私たちの命のつかいかたになっているのです。
最後に祈りましょう。
望んで与えられた仕事でなくとも
与えられたことを果たす力をお与えください。

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