活動報告

第20回例会卓話「裁判員制度の導入で刑事裁判はどのように変わったか」

2014年11月28日

「裁判員制度の導入で刑事裁判はどのように変わったか」
~元裁判官の目から~
龍岡資晃様

本日は、伝統のある横浜東ロータリークラブ例会にお招きいただき、お話をする貴重な機会をいただき、光栄に思います。
 ただ今齋藤実弁護士からご紹介していただきましたように、私は、刑事裁判官を長く務め、定年後も最高裁判所の「裁判員制度の運用等に関する有識者懇談会」の一員となっていますので、裁判員制度の導入で刑事裁判がどのように変わったか、裁判官時代を振り返りながら、お話させていただきます。
 
 1 裁判員制度は、平成16年5月に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(裁判員法)が制定され、5年間の準備期間を置いて、平成21年5月から運用が開始され、今年5月で5年になりました。
 この制度は、平成13年6月に公表された「司法制度改革審議会意見書―21世紀の日本を支える司法制度」に掲げられた、国民の司法に対する信頼を高め、国民的基盤を確立するための制度として導入されたものです。英米系の陪審制度や、ドイツ、フランス等の参審制度とは異なり、事件ごとに選任された裁判員が事実認定だけでなく、量刑にも関与するもので、我が国独自の制度です。
 運用状況は、裁判員や補充裁判員として参加された多くの方々の協力と熱心な取組みにより、概ね順調と言ってよいと思います。裁判員法の3年後見直しの規定により、この秋の臨時国会に裁判員法の改正案が提出されましたが、その内容は、審理に長期間を要する事件について、裁判官のみで審理裁判をすることができるようにするなどに止まるものになっています。

 2 我が国の刑事裁判は、慎重な審理により大方の信頼を得てきたと言うことができると思いますが、捜査段階の証拠書類に重きが置かれているとして「調書裁判」と言われ、余りに詳細、綿密で精密過ぎるとして「精密司法」との批判があり、審理に長期間を要する事件も少なからずありました。
 裁判員裁判は、裁判員が刑事裁判に参加することによって、このような刑事裁判の状況を打開し、刑事訴訟法の採る直接主義・口頭主義の原則を徹底し、「精密司法」から「核心司法」に転換し、適正・迅速な裁判を目指すものとして導入されたと言えると思います。

 3 ここでは、まず、5年余りの裁判員裁判の運用状況ついて、最高裁判所の統計資料(最高裁判所のホームページで閲覧できます。)に基づき、若干紹介します。
 平成21年5月に裁判員法が施行されてから本年9月まで、選任された裁判員は3万9700人余り、補充裁判員は1万3500人余りとなっています。
 裁判員裁判対象事件の庁別の新受人員の累計は、総数が7920人で、最も多いのが千葉の831人、東京は707人、横浜は374人、小田原支部は68人で、支部で多いのは立川支部で232人、全国で最も少ない庁は、鳥取の20人です。
 罪名別の終局人員では、強盗致傷、殺人、傷害致死等が多く、総数は7050人、うち有罪が6865人、執行猶予にできる懲役3年以下の刑では、実刑の者が432人、執行猶予の者が1098人、そのうちの595人(54.2%)に保護観察が付されています。無罪となった者は、37人(終局人員の0.5%)で、控訴した者は2444人で、控訴率は35.4%となっています。

 4(1) 裁判員制度の導入によって、刑事裁判はどのように変わったか、長年刑事裁判に携わってきた者として、最初に裁判員裁判を傍聴したとき、最も印象的であったことは、公判審理の経過、内容が大変分かりやすくなったということです。検察官、弁護人は、裁判員に十分理解してもらえるように、パワーポイントを活用するなどして、視覚にも訴えながら、論点と主張を明確にし、証人尋問や被告人質問も分かりやすいように工夫をしています。直接主義、口頭主義がより徹底されてきていると言えます。機会がありましたら、ぜひ傍聴していただきたいと思います。
 最高裁判所では、毎年裁判員、補充裁判員経験者に対しアンケート調査を実施し、その結果を「裁判員等経験者に対するアンケート調査結果報告書」として公表しています。それによりますと、審理内容が「分かりやすかった」が60%前後であり、「普通」が約30%で、「分かりにくかった」は3%前後に止まっています。
 法廷での証拠調べ等が終わり結審した後、裁判員は裁判官と被告人が有罪かどうかや量刑について評議(合議)をしますが、その評議における議論の充実度については、「十分に議論できた」が約75%で、「不十分」は7%前後です。
 ちなみに、評議における話しやすさについては、「話しやすい雰囲気であった」が75%前後、「普通」が20%余りで、「話しにくい雰囲気であった」は2%足らずです(最高裁判所「制度施行後5年の裁判員裁判の実施状況について」図表47)。
 これらからも、審理が分かりやすくなり、裁判官が評議の進め方に配慮をし、意見を言いやすい雰囲気を作ることに努力していることが窺われ、裁判員は、評議において十分意見を言うことができ、その役割を果たすことができていると見ることができると思います。
  (2) 職業裁判官とは異なり、多くの裁判員は他に職を持つなど、長期的に裁判に従事することは困難です。裁判員制度と共に導入された公判前整理手続は、裁判員の負担を軽減し、参加を容易にするための仕組みでもあります。この手続は、公判審理が始まる前に、裁判所の主宰の下に、検察官、弁護人との間で、起訴された事件について、争点と取り調べるべき証拠を整理して、審理計画を立て、これに基づいて充実した無駄のない証拠調べを実施し、分かりやすく、迅速な裁判の実現を図るものです。
 平成21年から本年9月までに判決のあった人員について見ますと、その平均審理期間は8.3月で、そのうち公判前整理手続期間は6.4月、それ以外の公判審理等の期間は2.4月となっています。
 公判前整理手続の期間は、制度運用開始後長くなる傾向にありましたが、徐々に改善されてきているように思われます。公判審理期間自体は、一週間前後が多く、例外的に3か月程度を要した事件もありますが、1年以上、2年も3年もかかっていた事件も稀ではなかったかつてに比べ、大幅に短縮されています。
  (3) これまでの刑事裁判における量刑は、長い間の多数の同種・同類等の事件の量刑例の積み重ねの中で形成されてきた一定の幅の中で決められてきています。私自身、殺人等の生命犯などの刑で、法曹一般の量刑感覚にはそっていても、軽過ぎるのではないかと感じることもありました。しかし、他との公平さ、均衡などからも、一定の幅を超えて大きく変えることは難しかったように思います。
 裁判員裁判の量刑を見ますと、裁判官裁判のそれとそれほど大きく変わっているとは言えませんが、一部殺人等の生命犯や性犯罪などについてはやや重くなっていることが窺われます。
 検察官の求刑を「上回る判決」、「求刑と同じ判決」は、裁判官裁判より多くなっています。
 国民の感覚を量刑にも反映させようとする、裁判員制度導入の趣旨からしますと、量刑面でのある程度の上下、変動は、制度導入の際に想定されていた、折込済みのことであると言えます。
 平成19年に被害者等が刑事手続に参加する制度ができ、被害者等が殺人罪などの事件で情状に関して一定範囲で証人尋問、被告人質問をし、弁論としての意見陳述ができるようになっています。このことから、裁判員が影響されて刑が著しく重くなるのではないかと危惧する向きもあるようですが、実際の量刑からも、特段そのような傾向は見受けられず、慎重に受け止められているように思われます。
 前科がなく3年以下の懲役又は禁錮に処すべき場合、刑の執行を猶予することができますが、裁判員裁判では、その場合に保護観察を付する例が多くなっています。再犯を防止し、更生をより確実なものとすることが考慮されていると見ることができます。
 控訴率は、裁判官裁判とそれほど違ってはいません。控訴審における一審判決の破棄率は、平成18年~20年の裁判官裁判については17.6%ですが、平成21年~本年5月の裁判員裁判については7.1%となっています(前掲裁判員裁判の実施状況について・図表79)。
 これらから、国民の感覚が量刑に一定程度反映していると見ることができると思います。

 5 裁判員経験者に対するアンケート調査では、裁判員に選ばれる前は、「あまりやりたくなかった」、「やりたくなかった」が5割を超え、「積極的にやってみたい」、「やってみたい」より相当多く、その傾向は裁判員裁判が始まってから最近までそれほど変わっていません。仕事や家庭などとの関係のほか、責任が重い、人を裁くことができるだろうか、判断も難しいなどの意識が影響しているものと思われます。
 一方、裁判員として裁判に参加した感想については、「非常によい経験と感じた」、「よい経験と感じた」の割合が圧倒的に高く、95%を超えています。

 6 刑事裁判では、死体やその解剖写真が証拠として提出されることがあり、また、有罪無罪を決めるばかりでなく、場合によっては死刑・無期等の重い刑の判断、言渡しにも関わることがあり得ます。こうしたことによる精神的負担については、これをできる限り軽減し裁判に参加しやすくするため、最高裁裁判所では、「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」を開設し、健康相談、メンタルヘルス相談に対応するようにしています。 

 7 以上見てきましたように、裁判員裁判は、運用開始後5年を経過し、参加者の協力と真剣な取組み、関係者の努力によって、概ね順調に運用されてきていると言えると思います。しかし、課題がないわけではなく、引き続き国民の理解と積極的参加を求めていくため、更なる努力と改善・工夫を続けていく必要があると思います。
 前述のメンタルヘルスサポート窓口の設置は、裁判員の負担をできる限り軽減し、参加しやすくするための方策の一つであり、特別休暇制度の普及、育児・介護関係の対策の拡充なども課題です。審理に長期間を要する事件に関する法改正案もその一環ですが、法制化された場合にどのように運用していくかも課題となると思います。
公判前整理手続については、その前提となる証拠開示が、検察官の任意開示が弾力的に行われるなど、法曹三者の努力により、手続に要する期間も徐々に改善の方向に向かっているようですが、身柄の拘束期間にも関係することから、より効率的な運用上の改善、工夫が求められます。これに連動する公判審理についても、遺体写真に代えてイラストによる立証、被害者参加の適切な運用なども含め、より分かりやすく、充実した審理を目指して改善、工夫をしていく必要があると思います。近時、裁判所、検察庁、弁護士会の間でも、各種協議の場が持たれ、意見交換などの動きが活発となってきていることには期待が持たれます。
 裁判員制度の導入は一審に限られ、上訴審の手続については法改正がされず、裁判官による審理がされ、一審判決の当否をレビューするという事後審制が維持されました。控訴審における破棄率を見ますと、平成18年~20年の裁判員裁判では17.6%であるのに対し、平成21年~本年5月までの裁判員裁判の破棄率は7.1%であり(前掲裁判員裁判の実施状況について・図表79)、控訴審の実務は、裁判員の参加した一審判決を尊重するスタンスをとっていると見ることができると思います。ちなみに、裁判員裁判事件の上告審における平成21年~26年5月までの終局人員593人のうち破棄されたものは3人となっています(前同・図表82)。上訴審は、原審の判決に明らかな事実誤認や、著しい量刑不当などがあると、職権によってもこれを是正しなければならない場合があり、裁判員裁判の一審の尊重と上訴審としての職権発動とのバランスをどのようにとっていくか、今後の課題の一つと言えます。
 既にかなり多くの方が裁判員、補充裁判員を経験し、テレビのドラマでも裁判員裁判がごく普通になってきており、裁判員裁判は我が国の社会に定着しつつあるように思われます。その反面、裁判員裁判開始当初と比べ、最近では新聞・テレビ等での報道も少なくなってきているように思います。参加に積極的でない方もまだ少なくなく、裁判員選任手続への裁判員候補者の出席率は依然70%を超えているものの、やや下がってきています(前同・図表5)。裁判員制度は、国民の理解と協力があって初めて成り立つ制度です。よりよき制度とするためにも、参加しやすいように、引き続き制度運営の在り方等の改善を図っていくことが必要であり、より一層の理解と参加への意欲を高めていくために、裁判員経験者との座談会なども実施されていますが、学校における法教育などを含め、こうした広報活動にも粘り強く取り組んでいく必要があると思います。
 皆様も、くじで当たった場合にはぜひ参加していただきたいと思います。

 最後に、貴会のますますのご発展を祈念し、結びとさせていただきます。


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