活動報告

第29回例会卓話「パキスタンにおける学校建設と国際貢献の在り方について」

2015年02月06日

「パキスタンにおける学校建設と国際貢献の在り方について」
錦織淳様
 
今日は,パキスタンの学校建設の話です。
私の亡き妻峰子が,一人の日本女性として,単独で造った学校です。パキスタン北部山岳地帯,海抜2500メートルのフンザ地方パス―村にあります。東のインド側からヒマラヤ山脈,北のタジキスタン側からカラコルム山脈,西のアフガニスタン側からヒンドゥークシ山脈の,三大山脈が合流するのがフンザ地方です。7~8000メートル級の山々が連なっています。その名も,パス―村MINEKO SCHOOL と言います。校舎にはいつも日本の国旗が掲げられています。
亡き妻峰子が日本画のチャリティー個展を開き,自分の作品を売ってまとまった資金を創りました。それに,妻や私の知人・友人1000人以上の方が少しずつ寄附をしてくださいました。なかには,小学生からの1000円のカンパというものも含まれています。
亡き妻は,電車に乗っても吊革にもつかまれないような大変な潔癖症でした。そんな女性が,水も満足になくお風呂どころかシャワーも浴びられないようなところで,長いときは1ケ月以上も滞在しながら,なぜ単独での学校建設を決意したのでしょうか。
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私と妻は,昭和の終わり頃から20年余り,中東・アラブ諸国を訪ねてまいりました。その理由の第一は,この地域が今日の世界を支配する西洋文明の発祥の地だからです。人類の行く末を見定めるにあたって,私たちの文明がどこから来たかを原点に立ち返って考える必要があるからです。第二の理由は,この地が原油の産地としてエネルギー確保上主要だからです。第三は,この地域が世界の安全保障を考えるうえで決定的に主要なところだからです。
直接的には,ナショナルバンク・オブ・アブダビというUAEの銀行が日本にお店を作ろうとしたことがあり,私が弁護士としてそのお手伝いをしたことがこの地に出向くきっかけとなりました。
パキスタンは,中東でもなくアラブでもないのですが,イスラム世界に属します。かつてシリア大使として交際のあった久保田大使がパキスタン大使に赴任中に,そのお招きにより訪ねたのが最初です。
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亡き妻峰子は,中東・アラブの国々を訪れるうち,「戦争と平和」を考えるにあたって,子供たちや,その教育がとても重要であることを認識しました。学校に行きたくても行けない,そんな子供たちを支援したいという切なる思いが彼女の中に芽生えました。昨年ノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララさんが,one pen,one notebook,one teacherが世界を変えることができる,教育こそすべての礎(いしずえ)だと話しましたが,同じ思いです。
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しかし,発展途上国特有の問題にぶつかり,学校の建物が完成し,子供たちがそこに通うようになるまで,大変な困難がありました。大変な歳月がかかってしまいました。その間の心労は並大抵なものではありませんでした。
彼女は,学校の完成を見届けてすぐ,急死いたしました。今は私がその志を継ぎ,1年に1回は訪れています。昨年は子供たちのためのスクールバスを寄贈いたしました。
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未来永劫,この支援を続けていくことが大切です。後継者を確保し,10年,30年,100年と続けていくつもりです。
今回,このような卓話の機会を与えていただいたことに運命的なものを感じます。先日,一人の日本人ジャーナリストが「イスラム国」に殺害されました。「危険なところになぜ出かけていくのか」という疑問や批判の声があります。しかし,学校建設,病院建設や難民支援といった人道支援を行うにあたっては,何が大切なのでしょうか。ハコモノを作ればそれで足りるでしょうか。大事なことは,そこに人々(日本人)との交流,ふれあいがあることが大切なのです。私は,日本の多額な支援で造られた学校が,全く使われないまま放置されている例を見ました。“仏を作って魂入れず”であってはなりません。どんなに豪華な校舎であっても,日本人との交流がなければ無意味です。どんなにみすぼらしい建物であっても,そこに日本人との長い交流があれば,100万ドルの価値があります。末永く交流を続けることが大切であり,それが全てです。ハコモノ作りはそのための手段でしかありません。
このような人道支援の継続には,ときとして「危険」が伴います。危険だから行かない,お金だけ出す,というのはほとんど無意味です。
妻峰子が亡くなった6年前,パキスタン全土に無差別テロが横行しました。でも,妻が亡くなったという知らせを受けた現地の人々が,自発的に追悼集会を開いてくれました。妻のためにイスラムの祈りを捧げてくれました。行かないわけにはいかないでしょう。私は民族衣装に身を包み,ひげを生やして,一見して日本人,外国人とわからないようにして現地に行きました。
戦闘行為に参加すれば命の危険が伴います。人道支援も同じです。たった一人の女性の力でこれだけのことができます。
“自己責任”とは何でしょうか。今,私たち日本人に何が求められているでしょうか。今日の卓話がそれらのことを考えていただくきっかけになれば,これにすぐる喜びはありません。


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